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2025 / 08 / 23 09:00
🐾 ペット栄養管理士ってどんな仕事? 〜獣医療の“境界線”から見えるペットの健康の守り方〜

「ペット栄養管理士」という資格をご存じでしょうか?
名前は聞いたことがあっても、実際にどんな仕事なのかはあまり知られていません。
この資格は国家資格ではなく民間資格ですが、誰でもすぐに取得できるものではありません。
受験資格としては、所定の講習会の修了、あるいは獣医学・畜産学・農芸化学など関連分野を大学や専門学校で学んでいることなど、一定の条件を満たす必要があります。
さらに、試験は**ペットフード総論・ペット基礎栄養学・ペット臨床栄養学(衛生学を含む)**の3分野から100問が出題され、合格点は非公開。これに合格して初めて認定されます。
つまり、体系的な学習と試験を経て知識水準を担保する資格であり、栄養に関する一定以上の専門性を持つことを示す認定なのです。
ペット栄養管理士の役割をひとことで言えば、“暮らしに寄り添う栄養士”として日常を支える存在です。
診断や治療はできません。けれど、栄養素の働きや代謝の仕組みを理解して、毎日のごはんやフード設計に活かすことで、ペットの健康寿命を支えることができます。
✅ ペット栄養管理士の仕事
では具体的に、どんなことをしているのでしょうか。
・フード設計・商品開発
原材料や栄養素の働きを理解し、科学的根拠をもとにレシピを組み立てる。
・日常の食事アドバイス
ライフステージ(子犬・成犬・シニア)、体質や生活環境に応じて食事の工夫を伝える。
・機能性への配慮
皮膚や被毛、関節、消化といった“気になる部位”に配慮したごはんを考える。
・受診勧奨のサポート
飼い主が迷ったときに「これは食事相談の範囲ではなく、動物病院で診てもらいましょう」と背中を押す。
・・・つまり、病気を治すのではなく、未病・予防・健康維持を目的に、日常を支える栄養の実務を担うのがペット栄養管理士の仕事です。
その栄養の効果を煮詰めていく際、どうしても獣医療の範疇に踏み込んでしまうのも事実で、そこに獣医療との境界線をどう線引きするのかが重要になります。
⚖️ 獣医療との境界線
実際に精密かつ綿密なフード設計を行うには、どうしても臓器や栄養素の代謝に関する知識に踏み込むことになります。
ここで獣医師が持つ知識と栄養管理士に求められる知識が一部で重なり、境界線をどう設定し、どう獣医師との線引きを図っていくかが課題になるのです。
例えば、脂質代謝。
脂質の扱いはフード設計において重要な要素であり、同時に獣医療と栄養管理の知識が交わる典型的な分野です。
なぜ低脂肪設計が必要になる場合があるのか、なぜ中鎖脂肪酸(MCT)が役立つことがあるのか──。
これは基本的な代謝メカニズムであり、これを押さるかどうかで、フード設計に多大な影響を及ぼすのです。
まずは簡単に脂質代謝のメカニズムを説明しましょう。
🔬 脂質代謝のメカニズム
1)乳化
食事に含まれる脂肪は大きな塊のままでは吸収されません。
そこで胆嚢から分泌される胆汁酸が、脂肪を細かい粒に分散(乳化)し、酵素が作用しやすい形に整えます。
2)分解の前処理
(前処理として)胃でも胃リパーゼが一部の脂肪を分解します。
3)分解
膵臓から分泌される膵リパーゼ+コリパーゼが、トリグリセリドを切り分け、遊離脂肪酸+2-モノグリセリドに分解します。
4)吸収
胆汁酸が「ミセル」を形成し、分解産物を小腸の壁まで運び込み、吸収されます。
5)再合成・輸送
小腸に取り込まれた脂肪は再びトリグリセリドに合成され、カイロミクロンという輸送粒子にパッケージされます。
これがリンパ管→胸管→血液を通って全身へ流れます。
6)末梢利用
カイロミクロンは毛細血管で**LPL(リポタンパク質リパーゼ)**によって脂肪酸を切り出し、
筋肉や脂肪組織に取り込まれてエネルギー利用・貯蔵されます。
7)肝臓での処理
余ったカイロミクロン(レムナント)は肝臓に取り込まれ、アポE依存性に受容体(LDLR/LRP1)を介して取り込まれ、
β酸化(燃焼)、ケトン体産生、VLDL再合成などに使われます。
例外:中鎖脂肪酸(MCT)
MCT(主にC8・C10)は再エステル化が少なく、主として門脈経由で肝臓に届き、速やかにβ酸化されます。
(※C12〈ラウリン酸〉は挙動が中間的で、一部はリンパ経由になる)
💡 わかりやすく言うと(流れの物語)
脂肪の旅を例えてるとこうなります。
食事で入ってきた脂肪は、そのままでは大きすぎて扱えません。
1)まず胆汁酸が「石けん工場」として働き、油を細かくして運びやすい形に整えます。
2)その後、胃では「下請け工場」として胃リパーゼが少しだけ下処理をし、
続いて膵リパーゼという「ハサミ工場」が本格的に登場し、脂肪をさらに小さな部品に切り分けます。
3)切り分けられた部品は「ミセル」という小さなバケツにまとめられ、小腸の入り口まで運ばれて吸収されます。
4)吸収された脂肪は「カイロミクロン」という宅配便の箱に詰め直され、リンパ管から胸管、そして血液へと流れ出していきます。
5)配送された箱は各地の倉庫に届き、そこで「LPL」というフォークリフトが荷物を下ろし、筋肉や脂肪組織に燃料や貯蔵品として利用されます。
6)それでも残った荷物は「本社工場=肝臓」に集められ、燃料として燃やされたり、再び新しい荷物(VLDL)に仕立て直されて出荷されたりします。
7)そして特別便が「MCT」です。
普通の宅配便ルートを使わず、バイク便のようにまっすぐ本社に直行し、すぐに燃料へと変えられるのです。
⚖️ ここに境界が生まれる
この一連の仕組みを理解していなければ、
・脂肪量をどう調整するか
・どの種類の脂肪を選ぶか
・どの段階で臓器に負担がかかるか
といったフード設計の根拠を持つことはできません。
ですので、ペット栄養管理士にも代謝の基礎知識は必須、というわけです。
ただし、ここで大切なのは──
獣医師と栄養管理士がまったく同じ知識を持っているわけではないという点です。
獣医師は代謝の知識をさらに深く掘り下げ、病理学や臨床経験と結びつけ、診断・治療・処方に活かします。
一方で栄養管理士は、フード設計や商品開発、日常の食事提案に応用するために基礎知識を学びます。
つまり、知識の深さが違うからこそ、責任の重さと使い道も違う。
獣医師:深い医学的知見と臨床経験を背景に、診断・治療・処方を行い、その最終責任を負う。
栄養管理士:基礎理解をもとにフード設計や日常的な食事提案を担うが、最終判断は必ず獣医師に委ねる。
獣医師は命を預かる立場として最終的な判断を下します。
栄養管理士はその知見を尊重し、知識を“日常に活かす”立場で支える存在です。
ここにこそ、獣医療とペット栄養管理士の明確な境界線があるのです。
✍ まとめ
健康な時の日常管理や未病・予防に関しては、栄養管理士が学んだ知識とこれまでの知見で十分対応できます。
ただし、病気や治療に関わる食事については、最終的に判断するのは獣医師です。
栄養管理士はその判断を尊重し、健康時の日常支援を中心に補助的役割を果たすことで、より良い生活のサポートが可能になります。
実際、膵炎の既往歴があり肝臓疾患を抱えるワンちゃんのフード開発に携わった際、獣医師から依頼を受けて協働した経験があります。
そのときに目の当たりにした獣医師の知識の深さには驚嘆し、同時に多くを学ばせていただきました。
この経験が、栄養管理士として「知識を活かしつつも最終判断は獣医師に委ねる」という姿勢の大切さを強く意識するきっかけになっています。
そして忘れてはいけないのは、食事もまた生命維持活動の一部であり、命を預かる行為であるということです。
だからこそ、常に研究文献をチェックし、最新の医療知識や栄養学に触れ続ける必要があります。
ペットの健やかな暮らしを支えるために、学びを止めず、実務に活かし続けること──
それが私たちペット栄養管理士に求められる姿勢だと考えています。
これからも、ペットと飼い主さんの“より良い日常”を支えるために、全力で取り組んでいきます。